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2010 シマノ鈴鹿 1日目。

ついに、その日が来ました。
2010/08/28(土曜)、ついに年に一度のサイクリストの祭典、シマノ鈴鹿ロードレースの日がやってきました。

前日の仕事が23時30分まで。準備をして寝たのが1時半。3時半に起きたので、睡眠時間は2時間。
練習不足と睡眠不足でとてもレースを走れるコンディションではないが、走らない事にはチームの士気が上がらない。ぼんやりとした頭で、早朝のオープンⅡ・A/1組のスタートラインに着く。

同走者は、中島マルテス・H川・イドケン・PU太郎・ドラゴン・( ‘Θ‘)ψ 隊長と私の様だが、スタートしてみるとH川とPU太郎以外の選手が見当たらない。
スタート当初は、「マルテス⇒H川⇒PU太郎」の三段ロケットゴールスプリントを予定していたが、3人だけでレースをする事に予定変更。
H川(残り400m発射)⇒PU太郎(残り200m発射)を指示。

常に10番手~20番手くらいでレースの動きを見学する。

このレースは、バ○バの選手の数が多い。彼らに動かれる前に動くのも面白い(私が勝つだけの作戦は読まれやすい)と思い、最終シケインでH川+PU太郎で仕掛ける事を指示。

しかし第4周回(全5周回)、10名ほどの逃げ集団が発生。その中にDADDYは居ない。
「何やってんだ・・・」っと舌打ちしているまに、最終周の5周目へ・・・。

仕方なく、作戦は当初の「ゴールスプリント作戦」へ変更。

シケインを立ち直り、ようやくPU太郎が先頭集団を追いに入った。
前3人ほどで先頭交代しながら、スプーンカーブ付近で先頭集団を捕らえる。
残り3Kmでレースは仕切り直し。
H川選手も加わり、その後ろへ私も追い上げる。その瞬間、シルベストの布○君が「どうぞ!」と手を伸ばして、位置を譲ってくれた。

周りはどう見ても「DADDYトレイン」を警戒中。完全に、レースの主導権を握っていた。

しかし、折角追いついて仕切りなおしも、H川選手とPU太郎選手がやたら先頭を引きたがる。

残り400mで発射のはずが、残り2Kmから先頭に立とうとしている。

周りは、ゴールスプリントの為に脚を貯めようとしている。その場面で積極的に先頭を引いて足を使えば、余分な足を使うだけで全く意味が無い。

この場合は、その「空気が読めないで飛び出した選手」を利用してスプリントに持ち込むのが常識。

ところがそこからは、「まだ行くな!・・まだ行くな!・・・まだ行くな!・・・」

「こら~行くな!、行くな!行くな!」の言いっぱなし。

自分達が、その「空気の読めない奴」になっている。

そして、肝心な残り400mで大失速。

つんのめった所を、後ろから仕掛けられて万事休す!

結局、ゴールは最悪の5位。

恐らく、自分だけでレースをしていればこんな大敗は無かったと思う。

しかし、レースを教える立場としては仕方が無い。

決して、頼ったのではない。任せてみただけだった。

それだけの力は有る筈だ。しかし、レースセンスが全く無い。全く・・・。

でも、それを教える事は出来ない。・・・経験が全て。

もしそれを覆すとしたら、圧倒的な力・・・・・。

どちらも近道は無い。

では、どうする?


さて、オープンⅠで仕切り直し・・・。





テーマ : 自転車ロードレース - ジャンル : スポーツ

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