2015 ツール・ド・おきなわ

市民50km オーバーフィフティに参加しました。

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結果は、恥ずかしながら5位惨敗。力不足でした。

※因みチームの結果上位者は以下…

市民50km。オーバー40/6位=浅井勝也
市民50km。オーバー50/5位=鈴木雅彦
市民50km。レディース /9位=木下恵美
市民100km。アンダー39/5位=加藤達也(他チームとして参加)

参加を決意してからの四ヶ月半、LSDから入り、パワートレーニングへとまあまあ順調にトレーニングを進め、体調も良くレースに臨みました。しかし、まだまだ準備が足りませんでした。肝心な、耐乳酸性のトレーニングが全然足りて無い。それは分かってはいましたが、「そう大してペースは上がらないだろう」とたかをくくっていました。

今回は、スタート前にもレース中にも、「DADDYの鈴木さんですよね」などと沢山の方に声をかけていただけました。ありがとうございます。おかげさまで、非常にせこいレースがし難い状況に追い込まれました。(笑

レースは序盤から、ゼッケン3769番の田所選手の強力な引きから始まりました。

そして、昨年のチャンピオン福島さんも負けじと食らいついています。
平地での50km/h近いスピードでの引きに、集団は序盤から中切れ状態。
序盤なので慌てて追う必要もない場面でしたが、福島さんが前にいる以上、すかしている訳にもいきません。足を使いたくない場面でしたが、積極的に足を使ってブリッジを掛けました。
本部までは、本当にハイペースでした。常に田所選手と福島選手がレースを主導しているようで、殆どの選手はほぼ付いているだけ。
ただ私は、「本部までの平地でペースを上げても足を使うだけであまり意味が無い。勝負は、水族館の坂と今帰仁の坂。」と考えていたので、そこで積極的に前に出る作戦でした。

そして、いよいよ勝負の水族館の坂が目の前に現れてきました。

しかし、そこにあったのは渋滞する車の列。なんと、チャンピオンレースのチームサポートカーが坂を塞いでいたのです。小数の逃げを容認したメイン集団がのんびりペースで走るチャンピオンレースに、田所選手が鬼引きしたオーバーフィフティのレースが追い付いてしまったのです。レースはそこでニュートラル。つまり、コントロールカーが入って通せんぼ。肝心なレースの仕掛けどころを潰されてしまいました。前との距離をとるためにゆっくりゆっくり、止まりそうなスピードで距離を潰していくオーバーフィフティ。

レース距離を半分以上消化した今帰仁に入った所で、レースは再度スタートが切られました。

再スタートと同時に、ここでも強力に強烈に前を引く田所選手と福島選手。私も恥ずかしいレースは出来ません。積極的にローテーションの加わりペースを維持しましたが後が続きません。振り帰れば後ろが居ない。余りのハイペースに、他の選手がローテーションに加わらないのです。
そんな状態で今帰仁を少し進むと、またすぐにニュートラルが掛かってしまいました。
仕方なく、ギヤをインナーに入れて、ゆっくりゆっくり。次の勝負どころ「今帰仁〜天底の坂」は立ちごけしそうなスローペース。またしても、勝負の坂がが意味の無い坂になってしまいました。

今回私は、レースをゴールスプリントだけに絞るのではなく、「坂で積極的に前に出て集団を出来るだけ小さくする」という事を課題としてきたので、この坂を見立てたトレーニングを中心にトレーニングしてきました。そして、ゴールスプリントでスピードを維持できる、「マヴィック・コスミックCXR60」から、登り坂でスピードを維持するためにより軽量な「カンパニョーロ・ボーラ・ウルトラ」へと機材を変更していました。しかし、それが全く意味が無いものになってしまいました。
いつまでも、だらだらと進む大集団。
もうこれはレースではありません。本部半島サイクリングです。

そしてレースは、国道58線の合流点近くで再々スタートとなりました。

残された距離はたったの8km。そこで、またしても強引と言うほどのスピードで前を引く田所選手。福島選手も前へ前へ。
私は既に、「もしこの二人には先着しても胸を張れない。」と感じていました。
「出られる所では前に出て結果を受け止めよう。」と気持ちに切り替わりました。
しかし、ニュートラルで大きく膨らんだ大集団は、今までとは別の動きをします。
ゴール近くになると、それまでは前にいなかった人たちが前へ前へと容赦なく前に被せてきます。
非常にナーバスで危険な状態でゴールへと向かいました。
そしてラスト1kmを迎え牽制ペースになると、思った通り接触落車が起こりました。
無理もありません。これだけの人数で一斉にゴールスプリントに入るのですから…

ゴール手前三番手に付けた私は、ラスト200mで思い切って仕掛けました。

一旦は先頭に出たものの、乳酸を回復しきれていなかった足は全く回らず、次々と抜かれて5位ゴール。
これが現在の実力であると認識しました。

しかし残念なのは、300名以上参加するレースで、実際にレースをしていたのはほんの数名。
今回の実力者、田所選手が7位に終わったのも、すべてがあのニュートラルのせいだと思います。
それまで、積極的に前に出た選手は結果を残すことができませんでした。

私の成績は、結果として受け止めています。

心臓手術をして三年半、参加を決めて4か月半。
恐る恐るトレーニング強度を上げながらの毎日でしたが、その間に出来る事は十分にしたと思います。ただ、まだまだ時間が足りなかった。それはわかっていました。

トレーニングを開始してから、とても充実した時間を過ごす事が出来たことは間違いありません。

これから先が、本当のトレーニングです。

しかし・・・

「来年も参加したい」という気持ちはありません。今のところ…

気持ちは変わるかもしれませんが。。。

参加選手が一年の総括をかけて集まる「ツール・ド・おきなわ」。

チャンピオンレースがメインのレースであることはわかっています。
しかし、参加する市民レーサーも一年をかけトレーニングに励み、今年こそはと意気込んでいる気持ちに変わりはありません。
何十万円もかけて機材を一新し、仕事を休み、会社に頭を下げて参加する市民レーサーは少数ではないと思います。
そんな市民レーサーに、目を向けて頂いてているのでしょうか?

毎年、前出のレース集団に追いつき危険な状態であるにもかかわらず、参加者枠ばかりを増やす主催者サイド

参加者人数やお金目当てであれば、これ以上私が申し上げることは何もありません。

しかし、自転車レースを文化として発展させるなら、公正安全が最優先されるべきではないでしょうか?

昔とは変わってしまった、「ツール・ド・おきなわ」。

そう思うのは、私だけなんでしょうか?
コメント

お疲れ様でした

詳しいレースレポートありがとうございます。
いや~逆に辛いレースとなりましたね。あんなに大人数のスプリントでは位置取りをどうするか、今までの経験値を活かせませんでした。対策も含めてイチから出直しです。このレポートを私のブログで紹介してもいいですか?

お疲れ様でした。

福島さん、お疲れ様でした。
非常に積極的なレースを、「凄いな~」と後ろから拝見させていただいておりました。私は、まだまだ足りませんでした。
しかし、「さあこれから」という所でレースが止められてしまったことは残念でなりません。のぼりで集団を小さくしたかったですね。
レースリポートはあくまでも私目線で書いてありますが、問題がなければご紹介いただいて結構です。
またお手合わせしていただける機会がありましたら、よろしくお願いいたします。

No title

はじめてコメントさせて頂きます。
沖縄、お疲れ様でした。
50㎞ U29参戦した者です。
レポート拝読させていただきました。

主様のおっしゃられている通り、U29でも本当にレースをしていたのは、本当に5名程度でした。
「昨日自転車買ったんだ♪」というような初心者な方から、40㎞巡航出来る努力家まで、参加者の実力はバラバラでした。

ゴール前ではスプリントするのが怖くて、ためらってしまい10位で終わりました。。来年までの課題です。

レース2回目だったのですが、ドラマがあり、今でも鮮明にシーン1つ1つを忘れられません!
来年がとても楽しみです。
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